『その、理由』
「優はさ、何でも悩み過ぎ。たまには千葉さんぐらいワガママになってもいいと思うよ?」何で、この人なんだと思った。 何も知らないような、明るい日のもとでしか育ってこなかったであろうその姿。 誰にでも笑顔を振りまいて、分け隔てなく接して。 誰からも好かれて、いつだって明かりの中心にいて。 俺のことなんか何一つ、そう何もかも理解することはないだろうこの人が。 どうして誰よりも俺の心を理解するのだろうと。
「そんなに孝介見て楽しいか?」 視線を一点に集中していた時、声をかけてきたのは千葉だった。 相変わらずのポーカーフェイスでこちらに歩み寄ってくる。 「朝長さんなんて見てませんよ。俺はブロックの動きを観察してたんスから」 「あ、そ。そのわりには、視線がずーっとセッターにいってたみたいだけどな?」 隣に立った千葉を一瞥し、越川は再び視線を戻した。 千葉の指摘どおり、その視線は先程と同じ、一人のセッターに注がれる。 そんな越川に千葉はもう一度言ってやろうかと思案したが、止めた。 何百、何千回とそれを指摘しても、隣に立つ若きエースは絶対に認めることはないと判断したからだ。 ファンに振りまいている柔和な笑みのわりには結構な頑固ものであるということも知っている。 言っても認めないようなカタブツを相手にするほど、千葉も暇ではないのだ。 ここはあっさりと引き下がることにする。 変わりに、越川が絶対に見ていないと言いながらも無意識に視線を注いでいるセッターを見ることにした。
越川が熱心に視線を注いでいたのは、朝長孝介だった。 明るく真面目で、少々お茶目なところが人気の、堅実なセッターだ。 練習を人一倍頑張るのはもちろん、他選手とのコミュニケーションも欠かさず、何より持ち前のキャラで周りを明るくする。 そんなところが好評で、千葉自身、朝長には癒されていた。 何というか、精神的な疲労がスッと抜けるのだ。 (なんつうか、アロマテラピー?小動物と遊んでるみてぇで、楽しいんだよな) 朝長本人が聞けば『俺は人間です!』とでも怒りそうだが、千葉の思考にそんな細かいことは無関係だった。
隣で千葉が脳内妄想の小動物(朝長)に癒されている頃、越川はずっとソレだけを見ていた。 …否、睨むといった方が正しいのか。 それほどまでに越川の視線は鋭かった。 (…イライラする……あの人が、何だっていうんだ…) コートの中でボールを上げる姿が、何故か自分の心を落ち着かせなくする。 何てことはない、普段から見慣れている筈の、いつもの練習風景。 そんな練習風景の中の一人。朝長孝介その人だけが、自分の何かに引っかかる。 (一体、何が…) 考えても解らなくて、越川は湧き上がる不快感をサーブという形でボールにぶつけた。
最悪なことに、この日からの同室は越川が不快感を抱く原因となっている人物だった。 そう、朝長孝介。 「今日からよろしく、優」 「こっちこそ、よろしくお願いします」 悪意のない笑みとともに差し出された手に、越川は表面上の笑みと軽い握手で答えた。 その越川の対応に何を思ったのか、朝長がじっとこちらを見つめる。 越川の方が身長が高いので、朝長は意図せずとも上目遣いになった。 「…何か、ついてます?」 「ううん。何もついてない」 黒曜石のような瞳が自分をじっと見つめるのに耐えられないのか、越川が視線を逸らし気味に問いかける。 しかし朝長はその問いには簡潔に答えるだけで、見つめる視線は変わらない。 じーっと、まるで越川の全てを見通すかのような黒曜石。 一点の曇りもないその瞳に映る自分は間違いなく歪んでいるだろうと考え、越川は胸に黒いものが湧き上がるのを感じる。 「優」 越川が黒いものに意識を向けようとした時、それまでただ見つめていた朝長が急に声をあげた。 驚いた越川が視線を朝長に合わせれば、そこには強い光を燈した黒曜石。 「優、駄目」 「え?」 「それに意識をあげちゃ駄目。優は、ソレになっちゃ駄目だよ」 「…朝長さん、意味が」 朝長の言葉に何故かギクリとした越川が反射的に誤魔化そうと口を開くと、ふわりと自分を何かが包み込んだ。 「一人で抱え込まないで。優は、何でも抱え込み過ぎだよ。だから、自分が見えてない。本当の自分を消そうとしてる。 そんなことしちゃ、駄目だよ。優が、優でなくなっちゃう」 自分を抱きしめていたのは朝長だった。 母親のように、優しく柔らかな声で言葉を紡ぐ。 そして、越川はその言葉に何かが壊れていくのを感じた。 自分を覆っていた、黒い、何か。 「…な、んで…?」 「優?」 「な、んで、貴方が、知って…」 「優が、泣いてたから」 ―――泣いていた?自分が? アリエナイ。ジブンハイチドトシテナイタコトハナイ。 「ははっ…俺は泣いてなんか…」 「泣いてたよ。ずっと、自分が見えないって」 ミエナイ?ナニガ?ジブンガ? そんなわけない。 そう否定しようとし、けれど言葉にならないソレに、越川は顔を歪めた。 「そんなの…!違うっ、俺は…!!」 「俺は?」 「俺はっ、俺は!……っ」 自分は? 自分は一体何だった? 自分が自分である理由等、どこにあった? 「俺は……おれ、は…」 続く言葉が出てこなかった。 いや、続く言葉を持っていなかった。 越川には、理由が解らないのだ。 理由が解らなければ弁解する言葉さえ解らない。 無性に悔しくなって、抱きしめてくれている朝長をギュゥッと抱きしめ返し、越川は泣いた。 今まで建前上の涙しか見せなかった自分が、理由もなく、ただ、本能に任せて。 「泣いてもいいよ。大丈夫、何も怖くない。ちゃんと、優は優だから」 その優しい言葉が、一層越川の涙を助長させた。 だから、越川はそれを理由にした。 これは『朝長の言葉に建前上流している涙』だと…。
「憑き物が落ちたような顔してんな」 ボーっと立っていた越川に声をかけたのは、昨日と同じ千葉だった。 しかし昨日とは違い、明らかに顔が意地悪い。 「何スか…」 「別に?」 そうは言うものの、やはりニヤニヤとした笑みでこちらを見つめる千葉に、越川は居心地の悪さを感じる。 千葉はそんな越川の様子に声を押し殺して笑い、口を開いた。 「良かったなぁ、朝長に慰めてもらって」 「!?」 千葉を無視しようとその場を離れかけていた越川が、その言葉でバッと振り返る。 『何で知ってるんだ!?』と言わんばかりの視線、というより睨みを受け、千葉は今度は声を上げて笑った。 「アッハッハ!んな睨むなよ」 「…アンタ、見て…」 「んなワケねぇだろ?前々から相談受けてたんだよ、アイツに」 ほれ、アイツ。 そう言って指を指す方向には、満面の笑みの朝長が津曲と談笑している。 「朝長さん?」 「そ、孝介。アイツがな、『優がずっと苦しんでるんですけど、俺はソレに踏み込んでも大丈夫でしょうか…?』って相談してくるから、 『土足で邪魔して荒らして来い』って送り出したんだよ」 ま、孝介はそんな乱暴なことはしねぇけどな。 越川へニヤリとした笑みを向け、千葉は『ま、そういうことだ。それと、孝介に手は出すなよ?アイツが欲しけりゃ俺を倒すこったな』 と言い残し、朝長のいる方向へと去っていった。 その千葉の後姿を見送った越川は、 「…ぜってぇ倒す!!」 と、殺気を込めた視線を千葉へと飛ばしたのだった。
「1718、馴れ初めシリアス(+ 03さん)」という私のマニマックなリクが、こんなにも華麗な小説に…!しかも理想的すぎる1718に、 本当私大興奮してしまいました…特に17が18に不快感を示しながらも、最後は18の胸の中で泣き崩れてしまう流れが…さ、最高で! そしてその後もこの3人は、ちょっとした騒動を起こしつつも楽しくやっていそうだなぁ!と想像しては頬が緩みます ^^ それではリクを快く受けて下さった月影様、本当にどうもありがとうございました ^^ 家宝にさせて頂きます〜!
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